今回は、「経済学・経済政策 ~H24-8-1 貨幣理論と金融政策(6)金融政策~」について説明します。
目次
経済学・経済政策 ~平成24年度一次試験問題一覧~
平成24年度の試験問題に関する解説は、以下のページを参照してください。
貨幣理論と金融政策 -リンク-
本ブログにて「貨幣理論と金融政策」について説明しているページを以下に示しますのでアクセスしてみてください。
- 貨幣理論と金融政策のまとめ
- R3-7 貨幣理論と金融政策(8)貨幣乗数
- R2-10 貨幣理論と金融政策(1)貨幣供給
- R1-6 貨幣理論と金融政策(2)貨幣供給
- H29-7 貨幣理論と金融政策(3)マネタリーベース
- H26-9 貨幣理論と金融政策(4)貨幣供給
- H25-6 貨幣理論と金融政策(5)資産市場
- H24-8-2 貨幣理論と金融政策(7)マネーストック統計
貨幣供給
ハイパワードマネー(マネタリーベース)(H)
「ハイパワードマネー(マネタリーベース)」とは、中央銀行である日本銀行が供給する流通貨幣(通貨)の総量のことをいい、「現金(日本銀行券発行高+貨幣流通高)」と「日銀当座預金」の合計として表されます。
中小企業診断士試験では「ハイパワードマネー」ではなく「マネタリーベース」として出題されていることが多いようですが、公式等で記号に「H」を使って表現するため、本ページでは「ハイパワードマネー(マネタリーベース)」として説明します。
「マネタリーベース」で出題されると、後述する「マネーストック」と混同してしまう恐れがあるため、しっかりと覚える必要があります。
日銀当座預金
「日銀当座預金」とは、日本銀行が保有する金融機関等向けの当座預金のことをいい、主に以下の3つの役割を担っています。
- 金融機関が他の金融機関や日本銀行あるいは国と取引を行う場合の決済手段
- 金融機関が個人や企業に支払う現金通貨の支払準備
- 準備預金制度の対象となっている金融機関の準備預金
準備預金制度
「準備預金制度」とは、金融不安などにより金融機関の資金繰りが悪化した場合に備えることを目的として、金融機関に対して「預かり資産(預金)の一定比率以上の金額を日本銀行に預け入れること」を義務付けた制度のことをいいます。
日本銀行に預け入れなければならない最低比率のことを「法定準備率」といい「預かり資産(預金)× 法定準備率」で求められる日本銀行に預け入れなければならない最低金額のことを「法定準備預金額」といいます。
なお、金融機関は「日銀当座預金」に「法定準備預金額」以上の通貨を預け入れることができ、金融機関が「日銀当座預金」に預け入れている通貨のことを「準備預金(支払準備金)」といいます。
金融機関が「法定準備預金額」を超えて「日銀当座預金」に預け入れている金額のことを「超過準備」といい、2016年1月から導入されている「マイナス金利」は、この「超過準備」に対して適用されています。
日本銀行としては「日銀当座預金」に通貨を眠らせることなく市場に流通させたいという思惑があることが分かります。
ハイパワードマネー(マネタリーベース)(H)
試験においては「日銀当座預金」のことを「準備預金(支払準備金)」として表すことが多いため「ハイパワードマネー(マネタリーベース)」は以下の関係式で表されます。
なお「預かり資産(預金)」に対する「準備預金(支払準備金)」の比率のことを「預金準備率(支払準備率)」といい、以下の式で表されます。
マネーストック(マネーサプライ・貨幣供給量)(M)
「マネーストック(マネーサプライ・貨幣供給量)」とは、日本銀行を含む金融部門から経済全体に供給されている流通貨幣(通貨)の総量のことをいい、一般法人、個人、地方公共団体などの通貨保有主体(金融機関や中央政府を除く)が保有する「現金通貨」や「預金通貨」などの通貨量の残高として表されます。
「マネーストック(マネーサプライ・貨幣供給量)」は、経済における取引により「ハイパワードマネー(マネタリーベース)」の何倍にも膨らんでいくため、「ハイパワードマネー(マネタリーベース)」に「信用乗数(貨幣乗数)」を乗じた以下の関係式で表されます。
信用乗数(貨幣乗数)(m)
「信用乗数(貨幣乗数)」とは「マネーストック(マネーサプライ・貨幣供給量)」が「ハイパワードマネー(マネタリーベース)」の何倍であるかを示す乗数のことをいい、以下の式で表されます。
さらに「信用乗数(貨幣乗数)」は上記の式に「M = 現金(C)+預金(D)」と「H = 現金(C)+ 準備預金(支払準備金)(R)」を代入して変形した以下の式として表されます。
金融政策
中央銀行である日本銀行は、景気や物価の安定などを目的として「マネーストック(マネーサプライ・貨幣供給量)」を増減させるために「金融政策」を実施します。
「マネーストック(マネーサプライ・貨幣供給量)」は、以下の式で表されます。
したがって、「マネーストック(マネーサプライ・貨幣供給量)」を増減させる「金融政策」には「ハイパワードマネー(マネタリーベース)」を増減させる政策と「信用乗数(貨幣乗数)」を上下させる政策があります。
- ハイパワードマネー(マネタリーベース)を増減させる政策
- 信用乗数(貨幣乗数)を上下させる政策
公開市場操作
「公開市場操作」とは、日本銀行が市場で債券を売買して貨幣を出し入れすることにより「ハイパワードマネー(マネタリーベース)」を増減させる政策のことをいいます。
「公開市場操作」には「買いオペレーション」と「売りオペレーション」があります。
「買いオペレーション」では、日本銀行が市場で債券を購入して貨幣を支払うことにより「ハイパワードマネー(マネタリーベース)」を増加させ、「売りオペレーション」では、日本銀行が市場で債券を売却して貨幣を受け取ることにより「ハイパワードマネー(マネタリーベース)」を減少させます。
買いオペレーション | 日本銀行が市場で債券を購入して貨幣を支払うと「ハイパワードマネー(マネタリーベース)」が増加して「マネーストック(マネーサプライ・貨幣供給量)」が増加する。 |
売りオペレーション | 日本銀行が市場で債券を売却して貨幣を受け取ると「ハイパワードマネー(マネタリーベース)」が減少して「マネーストック(マネーサプライ・貨幣供給量)」が減少する。 |
日銀貸付
「日銀貸付」とは、日本銀行が金融機関に貸し付ける貨幣量を増減させて「ハイパワードマネー(マネタリーベース)」を増減させる政策のことをいいます。
法定準備率操作
「法定準備率操作」とは、日本銀行が「法定準備率」を操作して「信用乗数(貨幣乗数)」を上下させる政策のことをいいます。なお、「法定準備率」を上下させると「預金準備率(支払準備率)」が上下します。
法定準備率の引き上げ | 日本銀行が法定準備率を引き上げると預金準備率(支払準備率)が上昇して「信用乗数(貨幣乗数)」が下降して「マネーストック(マネーサプライ・貨幣供給量)」が減少する。 |
法定準備率の引き下げ | 日本銀行が法定準備率を引き下げると預金準備率(支払準備率)が減少して「信用乗数(貨幣乗数)」が上昇して「マネーストック(マネーサプライ・貨幣供給量)」が増加する。 |
例:預金準備率(支払準備率)を引き上げた場合
公定歩合操作
「公定歩合操作」とは、日本銀行が市中銀行などの金融機関に対して貸し付けを行う際に適用される基準金利である「公定歩合」を操作して、市場の預金金利などといった各種金利を変動させることにより「マネーストック(マネーサプライ・貨幣供給量)」を調整する政策のことをいいますが、1994年に金利が自由化されて、これらの各種金利が「公定歩合」に直接的に連動することはなくなった現在においては、日本銀行が「公定歩合」を変更しても市場へのアナウンス効果程度の影響力しかありません。
公定歩合
「公定歩合」とは、日本銀行が金融機関に対して貸し付けを行う際に適用される基準金利のことをいいます。
金利が規制されていた1994年までは、日本銀行が「公定歩合」を変更すると預金金利などといった各種金利も連動する仕組みとなっていましたが、1994年に金利が自由化されてからは、これらの各種金利が「公定歩合」に直接的に連動することはなくなりました。
2006年に「公定歩合」の名称は「基準割引率および基準貸付利率」に変更され、現在では「無担保コールレート翌日物」における短期金利の変動上限としての役割を担っています。
試験問題
それでは、実際の試験問題を解いてみます。
【平成24年度 第8問】
金融政策およびマネーサプライ(マネーストック)に関する下記の設問に答えよ。
(設問1)
金融政策に関する記述として、最も適切なものの組み合わせを下記の解答群から選べ。
a 貨幣の供給メカニズムで中央銀行が直接的に操作するのは、マネタリーベース(ハイパワードマネー)というよりも、マネーサプライ(マネーストック)である。
b 市中銀行の保有する現金を分子、預金を分母とする比率が上昇すると、信用乗数(貨幣乗数)は上昇する。
c 市中銀行から中央銀行への預け金を分子、市中銀行の保有する預金を分母とする比率が上昇すると、信用乗数(貨幣乗数)は低下する。
d 信用乗数(貨幣乗数)は、分子をマネーサプライ(マネーストック)、分母をマネタリーベース(ハイパワードマネー)として算出される比率のことである。
[解答群]
ア aとb
イ aとd
ウ bとc
エ cとd
中小企業診断協会Webサイト(https://www.j-smeca.jp/contents/010_c_/shikenmondai.html)
考え方と解答(設問1)
金融政策に関する知識を問う問題です。
中央銀行である日本銀行は、景気や物価の安定などを目的として「マネーストック(マネーサプライ・貨幣供給量)」を増減させるために「金融政策」を実施します。
「マネーストック(マネーサプライ・貨幣供給量)」は、以下の式で表されます。
したがって、「マネーストック(マネーサプライ・貨幣供給量)」を増減させる「金融政策」には「ハイパワードマネー(マネタリーベース)」を増減させる政策と「信用乗数(貨幣乗数)」を上下させる政策があります。
- ハイパワードマネー(マネタリーベース)を増減させる政策
- 信用乗数(貨幣乗数)を上下させる政策
(a) 不適切です。
「ハイパワードマネー(マネタリーベース)」とは、中央銀行である日本銀行が供給する流通貨幣(通貨)の総量のことをいい、「現金(日本銀行券発行高+貨幣流通高)」と「日銀当座預金」の合計として表されます。
「マネーストック(マネーサプライ・貨幣供給量)」を増減させる「金融政策」には「ハイパワードマネー(マネタリーベース)」を増減させる政策と「信用乗数(貨幣乗数)」を上下させる政策があります。
- ハイパワードマネー(マネタリーベース)を増減させる政策
- 信用乗数(貨幣乗数)を上下させる政策
したがって、貨幣の供給メカニズムで中央銀行が直接的に操作するのは、マネーサプライ(マネーストック)というよりも、マネタリーベース(ハイパワードマネー)であるため、選択肢の内容は不適切です。
(b) 不適切です。
「預かり資産(預金)」に対する「現金」の比率のことを「現金預金比率」といいます。「現金預金比率」が上昇した場合に「信用乗数(貨幣乗数)」がどのように変化するかについて考えていきます。
「信用乗数(貨幣乗数)」は、以下の式で表されます。
分子と分母の両方に「現金預金比率」があるため、実際に適当な数値を入れて「信用乗数(貨幣乗数)」がどのように変化するかについて確認してみます。
- 「現金預金比率」が「10%」で「預金準備率(支払準備率)」が「10%」の場合
m =( 0.1+1 )÷( 0.1+0.1 )= 5.5 - 「現金預金比率」が「20%」で「預金準備率(支払準備率)」が「10%」の場合
m =( 0.2+1 )÷( 0.2+0.1 )= 4
「現金預金比率」が上昇すると「信用乗数(貨幣乗数)」が小さくなることが分かりました。
現金預金比率が上昇した場合
したがって、市中銀行の保有する現金を分子、預金を分母とする比率が上昇すると、信用乗数(貨幣乗数)は上昇せずに下降するため、選択肢の内容は不適切です。
(c) 適切です。
金融機関が「日銀当座預金」に預け入れている通貨のことを「準備預金(支払準備金)」といいます。また、「預かり資産(預金)」に対する「準備預金(支払準備金)」の比率のことを「預金準備率(支払準備率)」といい、以下の式で表されます。
「信用乗数(貨幣乗数)」は、以下の式で表されます。
「預金準備率(支払準備率)」が上昇すると「信用乗数(貨幣乗数)」は低下します。
預金準備率(支払準備率)が上昇した場合
したがって、市中銀行から中央銀行への預け金を分子、市中銀行の保有する預金を分母とする比率が上昇すると、信用乗数(貨幣乗数)は低下するため、選択肢の内容は適切です。
(d) 適切です。
「信用乗数(貨幣乗数)」とは「マネーストック(マネーサプライ・貨幣供給量)」が「ハイパワードマネー(マネタリーベース)」の何倍であるかを示す乗数のことをいい、以下の式で表されます。
したがって、信用乗数(貨幣乗数)は、分子をマネーサプライ(マネーストック)、分母をマネタリーベース(ハイパワードマネー)として算出される比率のことであるため、選択肢の内容は適切です。
(c)と(d)に記述されている内容が適切であるため、答えは(エ)です。
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