令和元年度の事例Ⅳの「第3問(設問3)」に関する解答例(案)を説明していきます。
私なりの思考ロジックに基づく解答例(案)を以下に説明しますので、参考としてもらえればと思います。
昨日の記事「事例Ⅳ ~令和元年度 解答例(6)(設備投資の経済性計算)~」の続きです。
目次
事例Ⅳ ~令和元年度試験問題一覧~
令和元年度のその他の試験問題に関する解説は、以下のページを参照してください。
設備投資の経済性計算
「設備投資の経済性計算」とは、企業が設備導入などの投資を検討する際に、その投資が企業に利益をもたらすのかを定量的に見極めていくために、投資に伴い発生するキャッシュ・フローを分析して、その投資を実行すべきか否かを判断することをいいます。
二次試験では、実際に与えられたデータから、プロジェクトへの投資額とプロジェクトにより得られるキャッシュフローを算出して、設備投資の意思決定モデルに基づきプロジェクトを実行すべきか否かを判断するというパターンの問題が出題されます。
第3問(設問3)
第3問(配点30点)
D社は、マーケット事業部の損益改善に向けて、木材の質感を生かした音響関連の新製品の製造販売を計画中である。当該プロジェクトに関する資料は以下のとおりである。
<資料>
大手音響メーカーから部品供給を受け、新規機械設備を利用して加工した木材にこの部品を取り付けることによって製品を製造する。
・新規機械設備の取得原価は20百万円であり、定額法によって減価償却する(耐用年数5年、残存価値なし)。
・損益予測は以下のとおりである。
(単位:百万円) 第1期 第2期 第3期 第4期 第5期 売上高 20 42 60 45 35 原材料費 8 15 20 14 10 労務費 8 12 12 11 6 減価償却費 4 4 4 4 4 その他の経費 5 5 5 5 5 販売費 2 3 4 3 2 税引前利益 -7 3 15 8 8 ・キャッシュフロー予測においては、全社的利益(課税所得)は十分にあるものとする。また、運転資本は僅少であるため無視する。なお、利益(課税所得)に対する税率は30%とする。
(設問3)
<資料>記載の機械設備に替えて、高性能な機械設備の導入により原材料費および労務費が削減されることによって新製品の収益性を向上させることができる。高性能な機械設備の取得原価は30百万円であり、定額法によって減価償却する(耐用年数5年、残存価値なし)。このとき、これによって原材料費と労務費の合計が何%削減される場合に、高性能の機械設備の導入が<資料>記載の機械設備より有利になるか、(a)欄に答えよ。(b)欄には計算過程を示すこと。なお、資本コストは5%であり、利子率5%のときの現価係数は(設問2)記載のとおりである。解答は、%表示で小数点第3位を四捨五入すること。
中小企業診断協会Webサイト(https://www.j-smeca.jp/contents/010_c_/shikenmondai.html)
考え方(第3問 設問3)
通常の機械設備よりも、原材料費と労務費を削減できる高性能の機械設備を導入するためには、具体的に原材料費と労務費の合計が何%削減されれば、通常の機械設備を導入するよりも有利になるか(キャッシュを得ることができるのか)を算出します。
D社としては、高性能の機械設備を導入した場合に得られる第1期から第5期のキャッシュフロー合計の割引現在価値が、初期投資の差額(高性能の機械設備の取得原価と通常の機械設備の取得原価の差額)よりも大きくなければ、高性能の機械設備を導入する意味がありません。
第1期から第5期のキャッシュフロー合計を増やすには、収益を増加させるか、または売上原価を減少させる方法がありますが、今回の問題では「売上原価(原材料費・労務費)」を減少させることによって、キャッシュフローの合計を増やすことを見込んでいます。
問題を解く方法
今回の問題のように、2つの投資案のどちらを採用することが、企業にとって有益であるかを判断するには、以下の2つの方法があります。
- 差額キャッシュフロー(差額CF)による解法
「高性能の機械設備の導入により得られるキャッシュフロー」から「通常の機械設備の導入により得られるキャッシュフロー」を差し引いた「差額キャッシュフロー(差額CF)」を算出して、どちらの投資案が企業にとって有益であるかを確認していきます。
以下の計算式が成立する場合は、高性能の機械設備を導入する方が通常の機械設備よりも企業にとって有益であると判断することができます。- 高性能の機械設備の導入によるCF - 通常の機械設備の導入によるCF > 0
- 2つの投資案の正味現在価値を比較する解法
「高性能の機械設備の導入による正味現在価値」と「通常の機械設備の導入による正味現在価値」を比較して、どちらの投資案が企業にとって有益であるかを確認していきます。
以下の計算式が成立する場合は、高性能の機械設備を導入する方が通常の機械設備よりも企業にとって有益であると判断することができます。- 正味現在価値(高性能の機械設備) > 正味現在価値(通常の機械設備)
どちらの解法でも解答は一致します。
本日は、「差額キャッシュフロー(差額CF)による解法」について説明していきます。
差額キャッシュフロー(差額CF)による解法
「高性能の機械設備の導入により得られるキャッシュフロー」から「通常の機械設備の導入により得られるキャッシュフロー」を差し引いた「差額キャッシュフロー(差額CF)」を算出して、どちらの投資案が企業にとって有益であるかを確認していきます。
以下の計算式が成立する場合は、高性能の機械設備を導入する方が通常の機械設備よりも企業にとって有益であると判断することができます。
- 高性能の機械設備の導入によるCF - 通常の機械設備の導入によるCF > 0
差額CFが発生する項目について
通常の機械設備を導入する場合と高性能の機械設備を導入する場合にキャッシュフローの差額が発生する項目を以下に示します。
問題文に記載されている「初期投資の差額」と「売上原価(原材料費・労務費)」だけでなく、「減価償却費によるタックスシールド」も考慮する必要があることを忘れないようにしてください。
- 初期投資
- 原材料費と労務費
- 減価償却費
初期投資の差額CF
初期投資については、機械設備を取得する際のキャッシュアウトです。
通常の機械設備の取得原価は「20百万円」であり、高性能の機械設備の取得原価は「30百万円」であるため、取得原価の差額が初期投資の差額CFです。
- 高性能の機械設備の導入によるCF - 通常の機械設備の導入によるCF
高性能の機械設備の取得原価(30百万円)- 通常の機械設備の取得原価(20百万円)= 10百万円
売上原価(原材料費・労務費)の差額CF
高性能の機械設備を導入することによって「売上原価(原材料費・労務費)」が削減されるとした場合、通常の機械設備を導入する場合と比較して、キャッシュフローがどのように変化するかを確認していきます。
売上原価の削減による差額CF(例)
一般的な事例を用いて、「売上原価」の削減により、損益計算書がどのように変化するのかについて確認していきます。
- 売上高は変動せずに、売上原価が「140百万円」から「100百万円」に削減されると、税引前当期純利益が「40百万円」増加するため、納付すべき法人税等が「増加した利益(40百万円)× 法人税率(30%)= 12百万円」増加します。
- したがって、売上原価を「40百万円」削減できたとしても、納付する法人税等が「12百万円」増加することになるため、企業として実際に手許に残る差額CFは「CIF = 40百万円-12百万円 = 28百万円」となります。
- 企業として実際に手許に残る差額CFは「CIF = 売上原価の削減額 ×( 1 - 法人税率 )」により算出することができます。
売上原価(原材料費・労務費)の削減による差額CF
「原材料費と「労務費」の合計の削減率を「X」とした場合、「通常の機械設備を導入する場合」と「高性能の機械設備を導入する場合」で発生する各期の「差額CF」は以下の通りです。
通常の機械設備の導入 | 高性能の機械設備の導入による 原材料費・労務費の差額CF |
|||
原材料費 | 労務費 | 合計 | ||
第1期 | 8 | 8 | 16 | CIF = 16X ×(1 - 30%)= 11.2X |
第2期 | 15 | 12 | 27 | CIF = 27X ×(1 - 30%)= 18.9X |
第3期 | 20 | 12 | 32 | CIF = 32X ×(1 - 30%)= 22.4X |
第4期 | 14 | 11 | 25 | CIF = 25X ×(1 - 30%)= 17.5X |
第5期 | 10 | 6 | 16 | CIF = 16X ×(1 - 30%)= 11.2X |
各期における「差額CF」を「設問2」の問題文で与えられた「現価係数」で割り引いて、「売上原価(原材料費・労務費)」の差額CFを算出します。
- 高性能の機械設備の導入によるCF - 通常の機械設備の導入によるCF
11.2X × 0.952 + 18.9X × 0.907 + 22.4X × 0.864 + 17.5X × 0.823 + 11.2X × 0.784
減価償却費の差額CF
減価償却費は企業の損益計算において費用として計上しますが、実際にキャッシュアウトするわけではないため、「タックスシールド」と呼ばれる節税効果が発生します。
通常の機械設備の取得原価が「20百万円(耐用年数5年、残存価値なし)」であるのに対して、高性能の機械設備の取得原価が「30百万円(耐用年数5年、残存価値なし)」であるため、各期に計上される減価償却費も異なり「タックスシールド(節税効果)」が異なるため、差額CFが発生します。
高性能の機械設備を導入した場合の「タックスシールド」が、通常の機械設備を導入する場合と比較してどのように変化するか(差額CF)について確認していきます。
減価償却費の増加による差額CF(例)
一般的な事例を用いて、「減価償却費」の増加により、損益計算書がどのように変化するのかについて確認していきます。
- 減価償却費が「20百万円」から「40百万円」に増加すると、税引前当期純利益が「20百万円」減少するため、納付すべき法人税等が「減少した利益(20百万円)× 法人税率(30%)= 6百万円」減少します。
- 減価償却費は各期の損益計算書上に計上されますが、各期において実際にキャッシュアウトするわけではありません。にもかかわらず、納付する法人税が「6百万円減少」したということは、企業として得した現金(入手した現金)の差額CFは「CIF=6百万円」となります。
(※)資産取得時に一括でキャッシュアウトしているため、実際には得をしているわけではありませんのでご注意ください。 - 企業として得した現金(入手した現金)の差額CFは「CIF = 減価償却費の増加額 × 法人税率 」により算出することができます。
減価償却費の増加による差額CF
「通常の機械設備を導入する場合」と「高性能の機械設備を導入する場合」で発生する各期の「差額CF」は以下の通りです。
【各期の減価償却費】
- 通常の機械設備:20百万円 ÷ 5年 = 4百万円
- 高性能の機械設備:30百万円 ÷ 5年 = 6百万円
減価償却費 | 高性能の機械設備の導入による 減価償却費の差額CF |
||
通常の 機械設備 |
高性能の 機械設備 |
||
第1期 | 4 | 6 | CIF = (6 - 4)× 30% = 0.6 |
第2期 | 4 | 6 | CIF = (6 - 4)× 30% = 0.6 |
第3期 | 4 | 6 | CIF = (6 - 4)× 30% = 0.6 |
第4期 | 4 | 6 | CIF = (6 - 4)× 30% = 0.6 |
第5期 | 4 | 6 | CIF = (6 - 4)× 30% = 0.6 |
各期における「差額CF」を「設問2」の問題文で与えられた「現価係数」で割り引いて、「減価償却費」の差額CFを算出します。
- 高性能の機械設備の導入によるCF - 通常の機械設備の導入によるCF
0.6 × 0.952 + 0.6 × 0.907 + 0.6 × 0.864 + 0.6 × 0.823 + 0.6 × 0.784
原材料費と労務費の合計の削減率の算出
「通常の機械設備を導入した場合」と「高性能の機械設備を導入した場合」に発生する「初期投資の差額CF」「売上原価(原材料費・労務費)の差額CF」「減価償却費の差額CF」をまとめて図で示すと以下の通りです。
高性能の機械設備を導入した方が、通常の機械設備を導入するよりも有利となる「原材料費」と「労務費」の合計の削減率「X」を求めるため、以下の計算式に「初期投資の差額CF」「売上原価(原材料費・労務費)の差額CF」「減価償却費の差額CF」を当てはめていきます。
- 高性能の機械設備の導入によるCF - 通常の機械設備の導入によるCF > 0
なお、問題文に記載されている条件に基づき「%表示で小数点第3位を四捨五入」します。
- (11.2X + 0.6)× 0.952 +(18.9X + 0.6)× 0.907 +(22.4X + 0.6)× 0.864 +(17.5X + 0.6)× 0.823 +(11.2X + 0.6)× 0.784 - 10 > 0
- 70.3416X > 7.402
- X > 0.105229… ≒ 10.52%
上記の結果から、「原材料費」と「労務費」の合計の削減率が「10.52%」よりも大きければ、高性能の機械設備を導入した方が通常の機械設備を導入するよりも企業にとって有益である(=有利になる)ことが分かります。
したがって、高性能の機械設備を導入した方が通常の機械設備を導入するよりも有利になるのは、原材料費と労務費の合計が「10.53%」削減される場合です。
小数点第3位の端数処理について
問題文に記載されている「%表示で小数点第3位を四捨五入すること」という指示に従って、小数点第3位を切り捨てるため「原材料費と労務費の合計の削減率 > 10.52%」となりますが、実際に検算してみると、原材料費と労務費の合計の削減率が「10.52%」では、通常の機械設備を導入した方が有利となってしまいます。
したがって、高性能の機械設備を導入した方が有利となるのは「10.53%」という解答にしていますが、問題文の指示に従うのであれば「10.52%」という解答の方が正しい可能性もあります。
解答(第3問 設問3)
高性能の機械設備の導入が有利になる原材料費と労務費の合計の「削減率」と、その「計算過程」は以下の通りです。
(a)原材料費と労務費の合計の削減率
高性能の機械設備の導入が有利になる原材料費と労務費の合計の「削減率」は以下の通りです。
10.53% |
(b)計算過程
高性能の機械設備の導入が有利になる原材料費と労務費の合計の削減率の「計算過程」は以下の通りです。
原材料費と労務費の合計の削減率を「X」とした場合 ・初期投資額(機械設備の取得原価)の差額CF 30百万円 - 20百万円 = 10百万円 ・各期における税引後差額CF(原材料費と労務費と減価償却費) 第1期:16X ×(1 - 30%) + (6 - 4)× 30% = 11.2X + 0.6 第2期:27X ×(1 - 30%) + (6 - 4)× 30% = 18.9X + 0.6 第3期:32X ×(1 - 30%) + (6 - 4)× 30% = 22.4X + 0.6 第4期:25X ×(1 - 30%) + (6 - 4)× 30% = 17.5X + 0.6 第5期:16X ×(1 - 30%) + (6 - 4)× 30% = 11.2X + 0.6 ・高性能の機械設備の導入が有利になる原材料費と労務費の合計の削減率「X」の算出 (11.2X + 0.6)× 0.952 +(18.9X + 0.6)× 0.907 +(22.4X + 0.6)× 0.864 +(17.5X + 0.6)× 0.823 +(11.2X + 0.6)× 0.784 - 10 > 0 X > 0.105229… ≒ 10.52% したがって、高性能の機械設備の導入が有利になる原材料費と労務費の合計の削減率は「10.52%」よりも大きい場合であるため「10.53%」である。 |
明日も、引き続き「事例Ⅳ ~令和元年度 解答例(8)(設備投資の経済性計算)~」として「第3問(設問3)」の別解である「2つの投資案の正味現在価値を比較する解法」について説明します。
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