平成30年度の事例Ⅳの「第2問(設問1)」に関する解答例(案)を説明していきます。
私なりの思考ロジックに基づく解答例(案)を以下に説明しますので、参考としてもらえればと思います。
目次
事例Ⅳ ~平成30年度試験問題一覧~
平成30年度のその他の試験問題に関する解説は、以下のページを参照してください。
第2問(設問1)
第2問(配点31点)
D社は今年度の初めにF社を吸収合併し、インテリアのトータルサポート事業のサービスを拡充した。今年度の実績から、この吸収合併の効果を評価することになった。以下の設問に答えよ。なお、利益に対する税率は30%である。
(設問1)
吸収合併によってD社が取得したF社の資産及び負債は次のとおりであった。
(単位:百万円) 流動資産 99 流動負債 128 固定資産 91 固定負債 10 合計 190 合計 138
今年度の財務諸表をもとに①加重平均資本コスト(WACC)と、②吸収合併により増加した資産に対して要求されるキャッシュフロー(単位:百万円)を求め、その値を(a)欄に、計算過程を(b)欄に記入せよ。なお、株主資本に対する資本コストは8%、負債に対する資本コストは1%とする。また、(a)欄の値については小数点第3位を四捨五入すること。
中小企業診断協会Webサイト(https://www.j-smeca.jp/contents/010_c_/shikenmondai.html)
考え方(第2問 設問1)
「第2問」は、今年度の初めに吸収合併したF社が、D社の企業価値向上に貢献することができているのかを検証するというストーリーになっています。
「設問1」において、吸収合併したF社の資産で最低限獲得しなければならない「フリー・キャッシュフロー(FCF)」を算出した後、「設問2」において、実際に吸収合併したF社の資産で獲得した「FCF」がD社の企業価値の向上に貢献できているのかを検証します。
さらに、「設問3」では、D社の企業価値の向上に貢献するために必要なF社の資産により獲得すべき「FCF」の成長率を算出していきます。
今回、D社においては吸収合併したF社の効果を検証していますが、このような検証は、吸収合併や事業譲渡の前にも必ず確認すべき項目であるため、それぞれの言葉の定義を踏まえて説明していきます。
①加重平均資本コスト(WACC)
D社が存続するだけで最低限発生するコストである「資本コスト」を算出します。
企業は、経営活動により「資本コスト」以上の「FCF」を生みだす成果を上げる必要があります。
なぜなら、企業としては存続するだけで最低限発生するコストである「資本コスト」以上の利益を生み出さないと徐々に資金が減少してしまうからです。
「資本コスト」は、「加重平均資本コスト(WACC)」により「負債コスト」と「株主資本コスト」の加重平均で算出します。
負債コスト
負債とは借入金です。負債(借入金)があるということは借入先に「支払利息」を支払わなくてはなりません。これが負債コストであり「支払利息÷負債総額」で計算することができます。
「支払利息÷負債総額」で算出される負債コストは「税引前負債コスト」と言いますが、黒字経営の企業の場合、支払利息を払うことにより利益が減少するため、節税効果により支払う法人税が少なくなります。この節税効果を加味して「税引後負債コスト」を算出します。
株主資本コスト(自己資本コスト)
株主資本(自己資本)とは資本金などの純資産です。資本金を調達するために株式を発行している場合、株主に対して「配当金」を支払わなくてはなりません。これが「株主資本コスト(自己資本コスト)」です。
逆に、株主の視点から見ると、投資した企業からの配当金(収益)を期待しています。これが「株主の期待収益率」です。
つまり、「株主資本コスト=自己資本コスト=株主の期待収益率」であり、立場の違いによっていろいろな呼び方があります。
ちなみに、株主は株価の低下や企業の倒産等により投資資金を失うリスクがあるため、銀行に預けた時に受け取る利息よりも高いリターンを期待しています。そのため、「株主資本コスト」の方が銀行の利息である「負債コスト」よりも高くなります。
加重平均資本コスト(WACC)
「加重平均資本コスト(WACC)」は、企業が存続する限り最低限発生するコスト(資本コスト)であり、「負債コスト」と「株主資本コスト」の加重平均で算出します。
「加重平均資本コスト(WACC)」の公式は以下の通りです。
加重平均資本コスト(WACC)を求める問題のポイントは、以下の2点です。
- 加重平均資本コストの計算には「株主資本コスト」と「他人資本コスト(負債)」の「時価」を使用します。
- 加重平均資本コストの計算には「税引後負債コスト」を使用します。
加重平均資本コスト(WACC)の算出
D社の財務諸表に基づき、D社が存続する限り最低限発生するコストである「加重平均資本コスト(WACC)」を算出します。
- 加重平均資本コスト(WACC)
324百万円 ÷ 503百万円 × 1% ×( 1 - 30% )+ 179百万円 ÷ 503百万円 × 8% = 3.297・・・% ≒ 3.30%
②吸収合併により増加した資産に対して要求されるCF
①では、D社が存続するだけで最低限発生するコストである「加重平均資本コスト(WACC)」を算出しました。
②では、①で算出した「加重平均資本コスト(WACC)」から、吸収合併したF社の資産で最低限獲得しなければならない「FCF」を算出します。
この後、「設問2」において、吸収合併したF社の資産で最低限獲得しなければならない「FCF」を獲得することができているかを検証するための根拠となります。
吸収合併したF社の資産で最低限獲得しなければならない「FCF」は、以下の式により算出します。
- 吸収合併により増加した資産に対して要求されるCF
190百万円 × 3.30% = 6.27 百万円
解答(第2問 設問1)
「①加重平均資本コスト(WACC)」と「②吸収合併により増加した資産に対して要求されるCF」は以下の通りです。
(a) | (b) | |
① | 3.30 % | 324百万円 ÷ 503百万円 × 1% ×( 1 - 30% )+ 179百万円 ÷ 503百万円 × 8% = 3.297%・・・ ≒ 3.30% |
② | 6.27 百万円 | 190百万円 × 3.30% = 6.27 百万円 |
明日も、引き続き「事例Ⅳ ~平成30年度 解答例(4)(企業価値)~」として「第2問(設問2)」について説明します。
コメント
ご教授お願いします。加重平均資本コスト(WACC)の算出で負債のを324百万(負債総額)と計算していますが、WACCの計算に使用するのは貸借対象表の負債のうち有利子負債だけ
(期借入金)ではないかと疑問に思うのですが、どう考え方たら良いのでしょうか。
コメントをいただきましてありがとうございます。
試験の直前にも関わらず、解答が遅くなりまして申し訳ありません。
問題文において「負債に対する資本コストは1%とする。」と記載されている点に着目します。言葉遊びのようですが、ポイントは「有利子負債の利子率」ではなく「負債に対する資本コスト」という表記です。
例えば、無利子負債が「300百万円」で、有利子負債が「200百万円(利子率:2.5%)」だとした場合、「負債に対する資本コスト(税引前負債コスト)」は以下の通り「1.0%」となります。
有利子負債の支払利息:200百万円 × 2.5% = 5百万円
負債に対する資本コスト(税引前負債コスト):5百万円 ÷( 300百万円 + 200百万円 )= 1.0%
問題文では、この「負債に対する資本コスト(税引前負債コスト)」が与えられているため、「324百万(負債総額)」を用いてWACCを算出しています。